今朝は大寝坊からの〜ぼろぼろアイネクレッスンで、それを何とか女子会で持ち直し(笑)、さらに慎重を期してアイスコーヒーを二杯仕込み、いざ会場へ。
今日は時折、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り、息苦しいほどの蒸し暑さと、喘ぐような風が吹き荒れる大変な悪天候でしたが、超雨女のこの私が外を移動中だけは不思議と、雨が避けてくれてるみたいに止んでくれまして。
おかげで同伴のヨメ(ヴァイオリン)…というか正確にはケースを濡らす事もなく、結局帰りまで傘さえ一度も開かずに済んでしまい…これはもう、神のご加護?(笑)
そんな本日、アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン ベートーベン ヴァイオリンソナタ全曲演奏会の3日め、最終日です。
初日からお見かけしているお客様、いよいよ今日でお別れですね。台風に直撃されず、みなさん足を運べて本当に良かったですね!
今日も素晴らしい音楽の時間に浸りましょう。
なんて思いをこっそりしのばせながらすっかり馴染んだ私の指定席(笑)に着席。3日めともなると、私自身もだいぶ興奮や感動の制御を出来るようになってきたのでは?と思っていましたが…ダメでした…(╥Д╥ )むしろ今日が一番危なかった…!
今日のアリーナは黒のドレス。アンダーバストにサテンのラインの切り替えがあって、フロントは二枚重ねの上側にセンターから斜めに開いたドレープが可愛らしく、バックは切り替えラインからストレートラインで大胆にカットされたデザインが、フォーマルでありながらとってもエレガント。
セドリックさんは変わらずグレイのスーツに白のカッター。
今日はよりドラマティックなソナタが揃っていますが、衣装の組み合わせは三日間の中で一番地味な色合わせ。でもその装いから直感的に、何か前二日とは違う事が起こりそうな予感と、決意のようなものを感じました。
かくてそれは、紛れもない現実となったのです。
・第6番
第一楽章はピアノの聴かせどころがたくさん。そのせいもあるけれど、今日のセドリックさんの音はしっとりと、深く強く、CDよりはっきりと重みや熱を感じました。まるで豊穣の大地のように。
そこへアリーナのキリッと決然とした音が食い込み、冷んやりした雨を降らしたり、そうかと思えば柔らかな光を照らしたりして、ひとつところに物語の起伏をつくってゆきます。
昨日とは雰囲気がかなり違って、軽やかなフレーズにも何故か、舞い上がる印象はなく、音の重力、求心力を感じました。
二楽章も然り。おおらかで、ゆったりとした旋律の中の明暗がわかりやすく表現されていて、真に迫る時は厚みのあるうねり、こちらの意識をぐいっと惹きつけるタメ、どれもが素晴らしく心を捉えます。
それにしても、今日はセドリックさんのピアノが攻めるなぁ。全然煩く聴こえないし、むしろキタ!というくらい爽快なんだけれど、三楽章なんか、もうCDより断然いい!
CDではややぼかし気味に聴こえた部分も、輪郭がくっきりしてて、それに応えるアリーナの音も圧力がありました。少しピッチも速かったから尚更、密度が濃くなってる気がします。
っていうか今日は、ミーハー心から独りで勝手に盛り上がってた初日とか、がらりと雰囲気が変わった二日めとか、私自身から創り出されてる思いの比重は低くて、完全に私、目の前でめまぐるしく展開される二人の音の世界に歓んで翻弄されてます(笑)
・第3番
一楽章、明らかにCDより速いピッチ、恐れる事なく一歩、もう一歩深く強くしなやかに踏み込むセドリックさんのピアノ、対してアリーナのヴァイオリンは、トリルがさらに半回増えてるんじゃ?!というくらいの反応速度で切り込みます。
うわ…どうしよ、心臓が真剣にバクバクいってきた!!目が離せない展開。
せめぎあう二つの音の魂が、幾重もの層を紡ぎ出して、ずっしりと重い命をこの音楽に与えているという、抗えない実感。
二楽章に入る前だったかな?セドリックさんが本当に楽しそうな、素敵な笑顔を見せていて、アリーナも可愛い笑顔で応えていましたが…そんな和やかな幕間とは裏腹に重厚かつ濃密な音楽の、今まさにその只中とは信じられないほど自然で、それもまた不思議でした。
三楽章も、ふくよかな香りと濃度で抽出されたエスプレッソに、美しい弧を描いて落とされたクリームを、さらに優しくスプーンで回して渦を描くハーモニーのコントラストが見事。
それを口に含んだ時のまったりした舌触りさながらのマットなピアノのタッチ、心地良い苦味と香りを鼻腔に放つヴァイオリンのスーンとした響きとほどよい温かみ、どれもが味わい深く、香しい、極上のひととき。
そこでただ寛いでいるだけでなく、自分の中の様々の心の機微を、音楽に導かれながら二人と辿る、大切な時間を過ごせている…終盤はそんな幸福感に満たされていきました。
そして休憩。
もう、どきどきが止まりませんでした。生きてて良かった…前半も素晴らしかったけれど、後半はいよいよクロイツェル。今日の流れから察すれば、前半二曲以上の激しい展開となるのは想像に難くありません。
・第9番「クロイツェル」
明るくしめやかな重音から、いっきに暗転する旋律。
これからすごい事が起こる、そんな期待が否が応でも膨らむ、静かで厳かな音の歩み。
そして…つるびねったさん曰く"毛切りスト"アリーナの本領発揮?
序盤から駒スレスレでボウイングしたり、G線へ楽器に当たるくらいの角度で切りこんだり、プレイスタイルからしてエキサイティング。でも決して粗くないとこがアリーナ。弦はしっかりずっしりと弓毛を捉えて重音を鳴らしているし、楽器本体は豊かな音量で謳っています。
楽器のポテンシャルを信じて、いや、もはや心技体は楽器とも一体となって、音楽の眷族にでもなったかのように一丸となって突き進んでゆくアリーナとグァルネリの叫び。
相対するセドリックさんのピアノも、一層の情熱と重厚感で、ベートーヴェンが五線譜に創り出したひとつひとつの音、それらが訴える力を確かめるように、真摯に今この瞬間へ叩き出してゆきます。
ピッチもCDより速い速いし、ピアノとヴァイオリンの拮抗する音が譲らず潰さずギリギリのところでぶつかり合って、絡み合って、プレイヤーと楽器と曲、というバラバラの存在は時空を超え、それぞれの個性は活かされたまま、今日だけの音楽になる。
だから中盤、切れた毛が邪魔したせいであろう、高音域の音抜けが1音だけあろうが、毛の始末で一瞬出遅れて一度だけピッツのかかりが甘くなろうが、それもまた真剣に生きている音楽だからと…すべて愛すべき刹那の音楽なのだと、抱きしめたくなりました。
涙腺がやばかったです…潤みっぱなしで、嗚咽でそうになりましたが呑み込んで、じっと見守りました。
疾走し続けた一楽章が鳴り止み、辿り着いた二楽章。
前半はピアノが高らかに歓びを謳い、そこから創りだされた情景に、小鳥のように囀るヴァイオリンの調べが寄り添い、だんだんと人の気配がして…長い広大な命の営みを粛々と眺めるような物語が奏でられます。
音楽を聴いて感動の裡に浸っているのに、何故か真面目に自分と向き合う時間でもありました。
私、何かとこんな真剣に全身全霊で対峙した事、あったかな…とか、他人とちゃんと向き合えているのかな…とか。
三楽章で、ベートーヴェンが懊悩のうちに生み出した音楽の流れの成せる技か、その音楽に素顔で臨む二つの才能が今導き出している応えなのか、軽やかな旋律の中で諭されている気がしました。
もっともっと悩みなさい。完璧な答えなんて見つけなくていい。瞬間の閃きも、うんと考え抜いた結論も、永遠のものではないけれど、その時々の自分に、その時々の音楽が寄り添ってくれる事だけは、私が求め続ける限り多分不朽なのだと。
おそらく他の観客のみなさんも、思い思いに今日の音楽が自分に与えるものを各々の感性で確かに描いていらしたんだと思います。
すべての演奏が終了して、温かい沈黙の後、割れんばかりの拍手とブラボーコールが飛び交いました。
この演奏、会場、演奏会自体が充実していました。
アンコールは昨日来られなかったお客様へのサービスでもあるのでしょうが、三日間の素晴らしい出逢いに感謝のこもった、スプリングソナタの二楽章。
まだ、生きていけそうです。
まだまだ二人の音楽を見つめて行きたいと、真剣に思い直しました。
今日でお別れの指定席(笑)で余韻を静かに味わい、また冷めやらぬ感情を宥めてから、今日もちゃっかりサイン会へ。
アリーナとセドリック良かったでしょ〜。まとめてベートーヴェンなんて幸せすぎますよね。きっと、東京もステキな音楽会になるでしょう。
ありこさんにプレッシャーをかけられてちょっぴりびびってます。わたし、こんなに上手く書けないよぉ。
聴いたらまた来ますねっ。一緒に興奮しましょう。